組織社会化とは、組織における社会化のことです。社会化という用語は19世紀後半に生まれましたが、その概念は現在用いられているものとは大きく異なっていました。当時は「社会的秩序はどうすれば成り立つか」に重きを置いており、社会が社会たるためには個人が何をすべきかという、社会が「主」で個人が「従」の概念でした。しかしながら現在では、社会と個人が対等な存在として考えられるようになり、両者間の相互作用によって生まれる個人の行動変容という意味で用いられています。組織社会化にも、組織という社会の中で生まれる個人の行動変容が含まれます。
組織社会化の定義は研究者によって微妙に異なりますが、以下のように、新しく入った社員が新しい組織に適応していくプロセスとして集約することができます。
「組織への参入者が組織の一員となるために、組織の模範・価値・行動様式を受け入れ、 職務遂行に必要な技能を習得し、組織に適応していく過程」
高橋弘司「組織社会化研究をめぐる諸問題」『経営行動科学』8(1), 1-22, 1993
例えば、大学生の時にはいつも前向きにゼミのメンバーをまとめ、堂々としたプレゼンテーションで研究賞も受賞していた友人がいたとしましょう。
就職後半年ぶりに会ってみると、疲れ切った顔をして以前のような溌剌さはない。
日々の業務に追われて余裕がない毎日を過ごしている。
職場の人間関係に不安もあるみたいだがうまく言えないようだ・・・
こんな友人を見たら、会社で何があったんだろうと心配になりますよね。これは組織社会化がうまくいっていない状態と言えます。新しい社員が消耗せずに、個人が持つ素質と実績を活かしながら、高いパフォーマンスを発揮するためには、組織社会化をうまく進めていく必要があります。
社員が組織社会化を達成する上で必要な要素は、以下の4つがあると言われています(眞崎大輔:人材育成ハンドブック, 2017)。
一番最初に必要な要素として、「学習棄却(アンラーニング)」が挙げられます。これは「これまでに身につけた仕事の進め方や風土に対する意識を一旦捨て去り、新たな組織にゼロベースで馴染むように自らを仕向けること」と表現できます。
ここで注目したいのは、新卒社員と中途社員の違いです。新卒社員は初めての就職先ですから、その組織ならではの部分があっても違和感を持つ可能性は低いでしょう。一方で、転職前の企業に在籍していた期間が長い社員ほど、前職での働き方が染みついているため、すぐに考え方や仕事の進め方を新しい職場に合わせることが難しいケースがあります。前職の経験から、様々なところに違和感を持つこともあります。こういった背景から、組織社会化の中でも中途社員の場合は、「組織再社会化」と呼ばれています。新しい職場で、もう一度、組織社会化をし直す必要があるということですね。
次の要素として、研修やOJTを通じて「知識・スキルの獲得」が進んでいきます。入社時は業務に必要な体系的知識や基本となる立ち居振る舞いを身に着け、より多くの実践経験を積む必要があります。これらの習得が早く、反省点を次に反映する力が高いほど、一歩先を見据えた仕事を着実に行っていくことができ、その社員が活躍できる確率は高まります。
「知識・スキルの獲得」がどれだけ順調に進んだとしても、1人で仕事を完結できるわけではありません。組織の中でパフォーマンスを発揮していくためには組織の構造や各部門の役割のような知識とともに、誰に相談すると物事がうまく進むのかを理解すること、つまり「人脈の学習」が必要となります。上司や同僚と信頼関係を築き、こういう時には誰に相談したらよいのかというレパートリーを増やしていくことはその社員の大きな強みとなります。
最後に、「評価基準・役割の獲得」が自分なりの仕事のやりがいに大きく影響してくる部分だと考えられます。新しい組織において要求される仕事のレベルや求められる行動、果たすべき役割を認識し、個人の役割を明確化していくことが必要です。
組織社会化がうまくいっていると、以下のような良い効果があることが明らかになっています。
業務内容に関する知識・スキルの獲得が順調に進むと、担当できる業務の幅も広がります。経験を積むことで仕事量に合わせた時間配分を行えるようになります。また、人脈の学習が進むことによって周囲のメンバーと適切に協働しながら仕事を進められるようになるため、生産性が向上します。
自己効力感とは、「自分はできる」「きっとうまくいく」と自分の能力を信じる気持ちのことです。組織社会化がうまく進めば、仕事における達成経験をより積み重ねることができ、自己効力感が高まることに繋がります。自己効力感が高い人ほど、さらに目標達成の成功率が上がることが明らかになっています。
人脈の学習などを通じてコミュニケーション量が増え、同僚や上司とお互いの価値観やパーソナリティを理解し合うことができるようになります。組織の一員として受容され、信頼関係を築くことができるようになります。
現代は転職市場が活性化し、終身雇用を前提とした働き方が変わりつつあります。厚生労働省が2020年に発表した調査によると、大学卒業後3年以内の離職率は平均32.8%であり、社員のリテンションは企業にとって重要な課題といえます。組織社会化がうまく進むと、組織へのエンゲージメントや帰属意識(組織コミットメント)が高まり、「長く働き続けたい」という思いが強くなることで離転職の防止に役立ちます。
このように、組織社会化は個人のみならず、組織全体の生産性向上という観点からも必要不可欠なものです。組織社会化を進めた結果、組織の一員として社内やお客様から認められることで、自分なりの仕事のやりがいを明確に見つけ、心身ともに生き生きと働き続けられることに繋がります。
ここまで、組織社会化の達成に必要な要素とメリットについて見てきました。では、組織社会化の達成を阻む要因はどこにあるのでしょうか?
組織に入る前の期待と組織に入った後に知る現実とのギャップから受ける衝撃のことをリアリティ・ショックと言います。
大小様々なギャップが存在し、全てのギャップがネガティブに作用するわけではありません。しかし、本人が重要視している点でのギャップが大きいと最悪の場合は離職につながってしまいます。
リアリティ・ショックは、大きく「想定を超える場合」と「期待に至らない場合」の2つに大別されます。リアリティ・ショックという言葉からは、想定以上の厳しさに直面する際に生じるものとイメージしてしまうかもしれませんが、期待を下回ってしまう場合にも注意が必要です。
ある程度の仕事の厳しさは想定していたが、実際に求められる成果が想定をはるかに超える場合、人はリアリティ・ショックを感じます。具体的には、達成しなければならない業績上の数字のハードルが本人にとって高すぎる場合や、入社前に提示されていた労働条件と現実に乖離があるといった場合です。こうなると、「自分はここでうまくやっていけるのだろうか」という不安が大きくなります。
一般に人は組織に入る前、組織に対して「バラ色の期待」を持ちたがる傾向があると言われています。「あの組織に入った後、自分の仕事はこうなるに違いない」「自分はあの組織でこんなふうに活躍できるに違いない」など、期待が高まっていることが多いです。この入社前の期待が高ければ高いほど、組織に入った後の現実との乖離が激しくなり、精神的ダメージも大きくなります。
いずれにしても企業にとっては、こういったリアリティ・ショックを軽減し、スムーズな組織社会化への移行を実現するための効果的な施策を展開することがより一層求められるようになるでしょう。
その一環として新入社員が組織に参入する前から組織社会化の施策を行う事例も増えています。例えば、現在多くの企業が大学生に対してインターンシップの機会を提供していますが、そのインターンシップのプログラム自体を組織社会化に役立てる試みなどが挙げられます。
インターンシップというプログラムの中では、実際の職場で働いてみることで組織の雰囲気を肌で感じることができ、本当に自分に合うのかどうかを確認することができます。また、どのような人がどのような業務を行っているのかを把握することで、自分は入社後どんな仕事をするのかというイメージのギャップが生じにくくなります。インターンシップ中に仕事を教わる際に、先輩社員が隣について声がけをしてくれるといったことも早期の組織社会化には有効です。
このように、大学生の頃から現場で仕事に携わることで、入社後のリアリティ・ショックが軽減され、企業にとっても入社後の教育投資を抑えられる点ではメリットがあります。
2020年以降新型コロナウィルスが蔓延したことで、政府・都道府県による「出社率7割減」の推奨を受けて、日本中で急速にテレワークが普及していきました。緊急事態宣言期のテレワーク導入率は一貫して50%を超えており、日本中でテレワークに対する企業の姿勢が大きく変わりました。afterコロナの社会においても、テレワークが新しい労働スタイルの基準として定着していく可能性が高まっています。
新しい働き方としてテレワークが普及するにつれて、新たな課題を抱えている企業もあります。
2020年4月に全国の企業314社を対象に行われたアンケート調査によると、図1に示すような新型コロナウィルス感染症に関連する仕事上の問題点が挙がっています。問題と感じている割合が最も高かったのは「従業員同士の意思伝達が難しくなった」という点であり、「そう思う」と回答した数を合計すると全体の59.8%となりました。
(新型コロナウィルス感染症への組織対応に関する緊急調査,一橋大学イノベーション研究センター, 2020)
オンラインという環境は、特に組織社会化の途上にある社員にとって、対面時にはなかったいくつかの障壁を生み出しています。
観察が難しい
オンラインで研修やOJTをする際、お互いの顔色や表情といった様子を事細かに察知するのは難しいでしょう。新入社員の仕事のプロセスを把握するのも難しく、どのようなスピードで仕事を進めているのか、どのような進め方で作業をしているのかがわかりにくくなります。
また、新入社員側も上司や先輩の仕事ぶりを観察できないため、業務の理解に時間がかかる傾向にあります。実際の職場の雰囲気や人間関係なども見えないため、会社になじむ、慣れるまでの時間も、対面の研修より遅くなる可能性があります。
気軽な声掛けが難しい
オンラインで難しいのは、「よくやっているね」や「何か困っていることはない?」といった新しい社員を励ましたり、サポートしたりする言葉をすぐにかけることです。
対面では瞬時に対応できた言動に関する注意など、仕事に取り組む姿勢の軌道修正もうまく進まない可能性があります。何気ない雑談も対面の時のようには生まれにくいため、人間関係の構築に時間がかかります。新しい社員からすると、ちょっとした業務の質問や確認がしづらく、やはり業務を理解するまでに時間がかかってしまいます。
このように、新型コロナウィルスへの対応によって生じた組織の変容によって様々な課題が生じています。新しい社員が会社になじむのに時間がかかる、業務の理解に時間がかかるといった障壁を乗り越えるためには、新たなアプローチが求められます。従来と同じアプローチのままだと、コミュニケーションの阻害によって孤独感を感じたり、業務を正確に理解できなかったりすることによってストレスを感じる社員が現れる可能性があります。個人の特性に合わせた適切なフォローが必要になるでしょう。
それでは、これらの組織社会化を阻む要因に対する解決策はどういったことがあるのかを探ってまいりましょう!
組織社会化の実現のためには、「新しい組織での立ち居振る舞いの獲得」と「新しい組織で求められるスキルの獲得」という2点を満たすことが重要です。まずは、新しく入社した社員が以下のチェックポイントを満たしているかどうかを確認してみてください。
チェックポイント①:新しい組織での立ち居振る舞いの獲得
- 組織のルールを守ることができているか
- 組織ならではの考え方や言葉に親しんでいるか
- 組織に所属する同僚とコミュニケーションを図っているか
- 組織の過去や未来に関する質問を行っているか
チェックポイント②:新しい組織で求められるスキルの獲得
- 仕事に必要なスキルや知識を把握しているか
- 仕事に必要なスキルや知識を習得するための計画を立てているか
- 成果をあげている人からコツを学び、そのコツを使っているか
組織社会化には時間がかかります。例えば、新卒社員の場合は1年間程度のフォローが必要であると言われています。各項目について、本人と確認する時間を取り、満たしていない場合には、その難しさの原因はどこにあるのかを個別に把握する必要があるでしょう。
テレワークによって生じやすいトラブルを踏まえると、今後は新たなアプローチが必要となりそうです。Web会議を定期的に開くようにして、オンライン環境であっても社員同士のコミュニケーションを円滑に行い、意思伝達の不具合や連携漏れを防ぐようにしましょう。オンラインコミュニケーションを円滑にするためには、チャットツールを活用するなど、気軽に連絡・相談ができる環境を整えておくことが考えられます。
また、完全なテレワークではなく、定期的に出勤日を設定して、他の社員と対話できる環境で業務のフォローアップを行う機会を作ることも有効です。このように、新しい社員が会社になじむまでの時間、業務を正しく理解するまでの時間を短縮していきましょう。
今回は、組織社会化とは何かを考え、組織社会化に必要な4要素と阻害要因、解決策へのヒントをご紹介してきました。新しく入った社員のみなさんが組織に適応し、高いパフォーマンスを発揮していくことができるよう、組織社会化の重要性を社内で共有し、全員が生き生きと働くことができる組織づくりを行ってまいりましょう!
- 組織社会化とは、新しく入った社員が新しい組織に適応していくプロセスのことである。
- 組織社会化の達成には、学習棄却、知識・スキルの獲得、人脈の学習、評価基準・役割の獲得の4要素が必要である。
- 組織社会化の阻害要因となり得るものには、リアリティ・ショックとWithコロナ時代の組織の変容がある。
- 新しい社員が会社になじむまでの時間、業務を正しく理解するまでの時間を短縮できるよう、新たなアプローチが求められる。
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