MBOとは、「Management By Objectives and self-control」の略であり、経営学者のピーター・ドラッカーによって提唱されたと言われています。半年や一年といった一定期間の個人目標を、組織目標に合わせて設定し、個人が達成することで組織の達成を作る仕組みのことです。MBO(目標管理)において、最初の目標設定時の承認とその結果と取り組みに対する評価は、現場のマネージャーが行います。また、MBOで設定した目標の達成度合いは、社員の給与・賞与・昇進の判断材料となるのが一般的です。
日本でMBOが導入されるようになったのは、成果主義が広まったのと同時期と言われています。
それ以前の日本企業は、長い間職能資格制度を採用していました。職能資格制度とは、企業が社員に対して期待する職務遂行能力を基準に社員を序列化するものです。評価する能力は、業務に関わる技能的なスキルやヒューマンスキルなど、企業ごとに異なります。また、能力を獲得したか否かの判断は、一定年数を従事することを基準にされることが一般的でした。そのため、勤続年数が長い社員ほど職務遂行能力が高いとみなされ、勤続年数が高い社員が高い役職に就いていました。つまり、職能資格制度は、終身雇用や年功序列との相性が非常に良かったのです。
しかし、90年代のバブル経済崩壊とともに、多くの企業には人件費の削減が求められるようになりました。そのため、能力や成果と待遇が釣り合っているかが見直されることとなりました。その結果、高い業績・大きな成果・希少な能力を持った社員に対して、高い給与を払おうという考え方が生まれました。そういった流れの中で、成果を測る仕組みとして導入されていったのがMBO(目標管理)です。
こうして日本企業にもMBOが導入され、現在でも多くの企業で活用されています。ですが、日本企業におけるMBOの活用方法は、本来あるべき活用方法とは異なると言われています。
日本企業におけるMBOは、評価制度の一部として使われていることがほとんどですが、本来は単なる人事制度ではありません。「Management By Objectives and self-control」という略からわかるように、MBOは部下の目標達成と自己管理を促すために生まれたマネジメント手法です。部下個人の目標と会社としての組織目標を一致させることにより、自発的にモチベーション高く活動してもらい、個人の目標達成が組織の達成に貢献するという意図が根底にあります。つまり、部下の目標管理をしやすくするだけではなく、部下が主体的に達成を作り出すためのものでもあるのです。
MBO(目標管理)は個々の社員が主体的に業績を上げ、会社の目標達成に貢献するための制度です。それでは、本来のMBOとはどのように設計・運用されるべきでしょうか。設計する人事と活用するマネージャーの双方の視点で考察していきます。
MBO(目標管理)の制度設計を行うのは、その会社の本社の人事の役割です。MBO(目標管理)の制度設計というと、どのような目標を立てるか、どのようなタイミングで実施するかということ等の小手先のことに目がいきがちです。しかし、一番大切なのは会社の「ミッション、ビジョン、バリュー」です。会社のあるべき姿やその重視する価値観、どのような方向性に向かっていくのかということを人事だけではなく、全社員が理解することが重要です。理想的なMBO先ほど述べたようにMBO(目標管理)は、経営のための制度です。そのため、人事にも経営者の視点を持つことが求められます。
繰り返しにはなりますが、MBO(目標管理)は経営のための制度です。現場のマネージャーは経営者の代弁者です。その会社の経営陣が立案した経営目標や中期経営計画等を実行に移すための、その部門の責任者です。たとえ会社のごく一部であったとしても、経営に対する責任を担っています。したがって、現場のマネージャーに対して、経営のシステムとしてのMBO(目標管理)であることを理解し、運用してもらうような働きかけや仕組みづくりが必要となります。
現在でも多くの企業がMBOを導入していますが、どのような課題や悩みがあるのでしょうか?
設計する人事と運用するマネージャーの2つの視点から、よくある課題や悩みをご紹介していきます。
MBOにおける人事の役割は、制度の設計・導入・機能チェックを行い、必要に応じて改善していくことです。しかし、規模が大きい企業や店舗が多数存在する企業では、MBOがどの程度活用されているのかが把握できないという課題が生まれます。例えば、「MBOの制度を現場がどれくらい理解しているのか」や「現場のオペレーションは、効果的に行われているか」といった内容は、人事担当者も把握できていないことが多いようです。
MBOの実態をつかめないことで、気づかないうちにMBO自体が形骸化していることがあります。「MBOを実施することが目的になってしまい、業績評価の面談で上司が評価結果を伝えるだけになってしまう。その結果、部下のモチベーションが下がり、目標達成に主体性を持てなくなる」というケースは、日本におけるMBOの弊害としてよく挙げられています。この弊害の原因は、ピータードラッガーの言う「Management By Objectives and self-control」を日本語に訳した時に、「self-control」の部分がすっぽり抜け落ち、単なる『目標管理制度』と訳されたことが原因だともいわれています。
また、達成しやすいように安易な目標を立てる上司・部下がいることや、それに対して適切なフィードバックがなされないという事態は、人事担当者の課題としてよく耳にします。
本来のMBOでは、部下の主体性を引き出すことが重要なカギとなります。そのため、押し付けられたと感じることなく、達成することを強く望めるような目標を設定できることが大切です。ですが、それは部下がやりたいことをそのまま目標にするということではありません。会社が期待する活動とすり合わさった目標であることが必要となります。そのため、MBOを活用するマネージャーには、部下の望むものと会社が期待していることをすり合わせる目標設定能力が必要となります。
そして、目標設定には評価がつきものです。評価の際には、達成度と達成に向けた姿勢を厳格に見極める必要があります。さらに、次の期間をより良いものにするために、部下の成長課題をフィードバックすることが欠かせません。
つまり、MBOを活用するマネージャーには「部下と会社の意向をすり合わせた目標設定」「厳格で厳密な評価」「成長課題の見極め」「適切なフィードバック」といった能力が求められているのです。ですが、これらの能力が必要であることが現場に伝わっていない場合が多く、その結果、マネージャーには「どう活用していいかわからない」「面談で何を言えばいいかわからない」といった悩みが生まれます。
では最後に、MBOを効果的に運用するための4つのポイントについてご紹介します。先にも紹介したように、MBOを効果的に運用するためには、部下と会社の意向をすり合わせた目標設定」「厳格で厳密な評価」「成長課題の見極め」「適切なフィードバック」が必要です。そのため、人事はこの4つのスキルの「理解」「実行」「習得」を促す必要があります。「理解」「実行」「習得」を促すためには、以下のような施策や姿勢が重要となります。
新たにMBO(目標管理)を導入することになった時や制度を大幅に変えた直後には、その背景や制度自体について現場に説明する必要があります。対面での説明会を開くことももちろんですが、すべての社員に対して自社のMBO(目標管理)について理解できるような資料を提供することが必要です。
そして最も重要なのがMBO(目標管理)の運用者である、現場のマネージャー向けの評価者教育です。制度を現場に徹底させるキーパーソンが現場のマネージャーです。彼らに自社のMBO(目標管理)がどのようなものなのか、詳細を理解してもらう必要があります。特に、現場のマネージャーが判断しづらい点、例えばどのように定量的、定性的に評価するのかということについて明確にすることが重要です。まずはマネージャー自身が人事から提供されたMBO(目標管理)の実施方法について、しっかりと理解することが適切なMBO(目標管理)実施の第一歩です。
現場のマネージャーにとっては、常日頃から部下自身がこうしたい、こうなりたいという思いを語れるような場や雰囲気を作り、信頼関係を作ることが重要です。それにはMBO(目標管理)に特化した評価者教育に加え、マネージャー自身の基礎的なマネジメントスキル向上が望まれます。例えばコミュニケーションスキルやモチベーションマネジメントといったスキルが必要となるでしょう。
MBO(目標管理)制度の下では、現場のマネージャーは部下に対して、「自部門にはどのような目標が与えられていて、部下自身にどのような期待をしているのか」を説明しなくてはなりません。また、部下のモチベーション管理も重要です。期の途中で、期初に設定した目標達成が危うくなりそうだったりする場合等、適切なタイミングで手を差し伸べる必要があります。そういったマネジメントスキルも、現場のマネージャーには求められます。
人事は、実際にMBO(目標管理)がどのように運用されているかについて把握することも必要です。特にMBO(目標管理)で管理される立場に当たる、現場の社員の声を聞くことも重要です。例えばMBO(目標管理)が適切に実施されているかといったアンケートや、360度フィードバックでの調査等を行なっている企業も多数あります。また、現場でMBO(目標管理)に関する疑問が生まれた時に、質問できるような問い合わせ先を用意しておくことも重要でしょう。例えば、eラーニングで適宜学習できる環境を整えておくといった施策は、MBOの理解を深め、効果的な運用を促すための良い取り組みと言えます。
目標管理の手法は時代の流れとともに変わっていきます。人事担当者には、国内外の同業他社がどのような制度を活用しているのか等について常に情報収集することが求められます。また、MBOは、システムを導入すれば完了するものではありません。MBO自体も、会社の経営方針や中期計画とも連動させながら常に見直されるものです。運用状況をモニタリングしながら、自社にとって適切な制度となるように改善を行いましょう。教育等他の人事制度との連携も不可欠です。
MBOとは、目標管理を簡単にするためのものではなく、部下の高いモチベーションを維持しながらも、組織の達成に貢献してもらうためのマネジメント手法です。そう考えると、実はMBOもパフォーマンスマネジメントも目指すところは同じだとわかります。ただ、日本企業ではMBOから「 self-control」の考えが抜け落ちることが多く、それによって形骸化したMBOが広まっています。本来の意味を理解し、適切に活用することができれば、MBOは組織の活性化・業績の向上に大きく貢献します。もし、今の目標管理が形だけになっており、改善の糸口を探している方がいらっしゃいましたら、現場で「部下と会社の意向をすり合わせた目標設定」「厳格で厳密な評価」「成長課題の見極め」「適切なフィードバック」ができているかを確かめてみるのはいかがでしょうか?この記事を通して、MBOを効果的に活用できる職場が増え、活発で強い企業づくりに少しでも貢献出来たらならば幸いです。