パワハラ研修の副作用『物言わぬ上司問題』とは

パワハラ研修は、働き方や生き方における個人の権利がより一層尊重される社会へと変化を続ける現在、企業や官公庁、スポーツ業界、教育の現場など、多くの組織で企画され、実施されています。ですが、そんなパワハラ研修を実施することで、近頃多くの企業がとある副作用に悩まされ始めています。それが『物言わぬ上司』問題です。物言わぬ上司とは、パワハラを意識するあまりに指導ができない上司を表した言葉です。部下に指導しようとしたときに、パワハラにならない指導の仕方が分からず、本来すべき指導にも億劫になる管理職層が増えていると言われています。今回は、この『物言わぬ上司』が生まれてしまう仕組みと、パワハラと指導の境界線を明確にし、本当に効果的なパワハラ研修について紹介していきます。

パワハラ研修の一般的な構成

パワハラ研修は、「定義と類型の解説」「事例によるケーススタディ」の2つによって構成されるものが一般的です。この2つを通して、どんな行為がパワハラと言われているのか、どんな行為をしてはいけないのかと言った、教訓と禁止事項を学んでいきます。

パワハラの定義と6類型

パワハラの定義

パワハラとは、同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える、または職場環境を悪化させる行為のこと。

パワハラは、このように定義されており、注意するべきポイントは「上司と部下の関係に限らないこと」と「業務の適正な範囲を超える行為が該当するため、注意や指示・指導は適正な範囲以内である」という点です。

パワハラの6類型

厚生労働省によると、パワハラはその典型的なものから6つに分類することができ、その6つの分類を「6類型」と呼びます。

1.身体的な攻撃

・暴行や傷害行為

・冬場に扇風機を当て続けるなど

2.精神的な攻撃

・脅迫や暴言、侮辱、名誉の毀損

3.人間関係からの切り離し

・ミーティングや会議に出席させない

・無視などにより、コミュニケーションを取らない

4.過大な要求

・業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制

・特定の社員にのみ仕事を集中させ、仕事の妨害をする

5.過小な要求

・業務上の合理性なく、能力や経験とかけ離れて程度の低い業務を命じる

・業務を与えない

6.個の侵害

・私的なことに過度に立ち入る

・人間関係や休暇の使い方について聞く

パワハラの事例の紹介

パワハラ研修では、実際にどのような言動がパワハラになるのかを学ぶために、ケーススタディが多く用いられています。

上司であるAが入社9年前後の社員Bに対して、「新入生以下だ。もう任せられない。」「なんでわからない。お前は馬鹿だ。」というような発言をしたことが、不法行為として事案の争点となりました。社員Bには、「上司に再三指示されていた業務を遂行していなかった。」「担当していた資料作成の業務を未完のまま有給休暇に入り、他部署から改善を求められていた。」「自身の業務をメンバーに丸投げしていた。」などの問題行動があったようです。ですが、裁判所の判断では、『「新入社員以下だ。もう任せられない。」というような発言はBに対する侮辱を与え、心理的負担を過度に加える行為であり、「なんでわからない。お前は馬鹿だ。」というような発言は、Bの名誉感情をいたずらに害する」行為である。』として、上司の不法行為責任及び会社の使用者責任(民法715条1項)を認めました。この時の賠償金額は合計で297万円でした。

パワハラ研修による『物言わぬ上司』の誕生

このように、パワハラ研修では、パワハラの種類と実際に事例が紹介され、自分の振る舞いや部下との関わりに対して内省を促すものが一般的となっています。そして、このようなパワハラ研修は、社員のパワハラへの理解と意識を高めるために、確かな効果を持っています。しかし、パワハラ研修の実施によってもたらされるのは、決してメリットばかりではないようです。昨今では、パワハラ研修を実施したためにもたらされる副作用の存在が確認され始めています。それは、『物言わぬ上司問題』と言われているものです。

物言わぬ上司問題とは

物言わぬ上司問題とは、パワハラを意識しすぎるあまりに、指導やマネジメントの方法が分からなくなり、上司が本来行うべき指導やマネジメントをできなくなるというものです。例えば、部下に仕事を振ることができず、上司の残業時間が増加しているケースや、上司がパワハラを意識するあまりに、部下がコミュニケーションに違和感を感じるケースが増えている、などもこれに該当します。部下に任せる仕事が減るということは、部下が成長する機会が減少していることを意味し、心理的安全性※1のないコミュニケーションはチームの連携を崩し、生産性を低下させると言われています。

物言わぬ上司が生まれる理由

パワハラ研修によって、このような物言わぬ上司が生まれるのは、一般的なパワハラ研修の内容が、上司の自己効力感※2を下げる構成になっているからです。自己効力感を提唱したアルバート・バンデューラは、自己効力感を高める方法には4つあり、そのうちの一つに「代理体験」というものがあります。これは、『自己と共通点のある他者の成功』を観察することで、自己効力感を高めるというものです。しかし、『自己と共通点のある他者の失敗』を観察することには、自己効力感を下げる効果があるとも言われています。

つまり、一般的なパワハラ研修のように、パワハラの種類を紹介し、事例を使ったケーススタディを行うだけでは、指導とマネジメントに対する上司の自己効力感を著しく下げる可能性があります。その結果として、「パワハラになるなら、指導もマネジメントもしない」という選択をする上司が増えています。これが、『物言わぬ上司問題』が発生している原因です。

パワハラ研修に取り入れるべき内容

一般的なパワハラ研修で行われているパワハラの種類の紹介とケーススタディだけでは、自己効力感を下げる可能性があります。ですが、これらの内容は、パワハラを理解するためには非常に有効です。そこで、これらの内容を使いながらも上司の自己効力感を下げないためには、内容を一つ加えることがポイントとなります。その内容とは、パワハラにならない正しい指導とマネジメントの紹介です。

パワハラにならない正しい指導とマネジメントの方法を身に付けるためには、パワハラになるものとパワハラにならないものとの境界線を理解する必要があります。パワハラとそうでないものとの境界線は何かと言うと、指導やマネジメントによって高まる動機がポジティブかネガティブかにあります。

獲得モチベーションと回避モチベーション

人が行動を起こすとき、そこには必ず動機があります。そして、人の動機には二つの種類があると言われています。それが「獲得モチベーション」と「回避モチーベ―ション」です。獲得モチベーションとは、自分のなりたい理想像や、味わってみたい経験の獲得に基づく動機であり、ポジティブな動機です。

・営業成績で全国トップになりたい

・今期の目標を達成させたい

一方で、回避モチベーションとは、起こりうる不幸や苦痛からの逃避に基づく動機であり、ネガティブな動機です。

・後輩に抜かれたくない

・仕事を失いたくない

パワハラと正しい指導の違い

では、パワハラと正しい指導との違いは何かと言うと、指導が獲得モチベーションを高めようとしているか、回避モチベーションを高めようとしているかにあります。獲得モチベーションを高める関わり方では、身体的・精神的な苦痛を与えることがほとんどないため、パワハラになることはありません。ですが、回避モチベーションを高めようとすると、相手によっては身体的・精神的苦痛を与える可能性があり、パワハラになる危険性があります。

パワハラ研修で身に付ける正しいマネジメント

では、最後にパワハラにならない正しい関わり方をご紹介します。獲得モチベーションを高める関わり方を『リードマネジメント』と呼び、回避モチベーションを高める関わり方を『ボスマネジメント』と言います。

リードマネジメントとは

リードマネジメントは、人の獲得モチベーションに働きかけるマネジメント方法であるため、パワハラのリスクはありません。また、内発的動機※3を高めるため、主体性を高め、成長を促し、チームや組織への貢献意欲を高めます。

・部下との関係構築を優先する

・部下の存在を承認する

・ありたい姿を引き出すことによって、自己変革の必要性を喚起する

・部下の願望を知り、そこに至るための目標を設定する

・現実の厳しさと向き合えるように支援する

・安心して自由に表現できる雰囲気を作る

ボスマネジメントとは

ボスマネジメントは、人の回避モチベーションに働きかけるマネジメント方法であるため、パワハラになるリスクがあります。また、アメとムチによる外発的動機付け※4であるため、創造性を低下させる、言われたことのみを行う、責任を押し付ける、協力しなくなる、自信を失うといった可能性を孕んでいます。

・部下との関係構築よりも、正しさや原理原則を押し付けることを優先する

・部下の現状を否定する

・否定によって、自己変革の必要性を喚起する

・目標達成に向けて部下を変えようとする

・上司から部下に厳しさを加える

・強制感のある雰囲気を作る

まとめ

パワハラ研修は、その必要性から多くの企業で実施されており、パワハラの問題を起こさないために事例や教訓、禁止事項を学ぶというものが一般的になっています。ですが、パワハラになった事例ばかりを目の当たりにすることで、指導に対する自己効力感が低下し、『物言わぬ上司問題』が生まれています。この問題を回避するためには、正しい指導やマネジメントの方法を研修の中で紹介・体験し、「パワハラにならない指導とマネジメントができる」という感覚を身に付けてもらうことが重要です。

パワハラ研修は、実施しなければいけないものと捉えられていることがあります。ですが、ただパワハラを理解するだけでなく、正しい指導とマネジメントを身に付ける機会にできれば、パワハラ研修を通して組織の育成力と生産性の向上も期待できます。折角の貴重な時間とお金を使ってパワハラ研修を実施するならば、正しい指導とマネジメントを学ぶための絶好の機会として活用してみてはいかがでしょうか。この記事を通して、パワハラ研修を検討・計画しているすべての方のお力になれたならば幸いです。

パワハラ防止研修ならアチーブメントへ

アチーブメントHRソリューションズのパワーハラスメント防止研修では、「どんなマネジメントが正解か」「どんなコミュニケーションが適切か」という疑問に答え、部下の成長を加速させるマネジメント方法の学習によって効果的にパワハラを防止します。NHK・東京MX・読売新聞・毎日新聞にも取り上げられた大好評の研修です。

※1 心理的安全性とは、不安や恐れを感じることなく、発言や質問が出来る環境や関係性を意味します。

詳しくはこちらへ「心理的安全性とは?Googleが注目した成功するチームの共通点

※2 自己効力感とは、人が行動や成果を求められる状況下において、「自分は必要な行動をとって、結果を出せる」と考えられる力を言います。したがって、「自分は達成できる」「自分には能力がある」という確信があれば「自己効力感が高い」状態にあり、「自分には無理だ」「自分には能力がない」と考えていれば「自己効力感が低い」状態であると言いいます。

詳しくはこちらへ「自己効力感(セルフ・エフィカシー)とは?自己肯定感との違いと尺度

※3 内発的動機付けとは、「自分の内側から湧き出るような動機付け」です。例えば「楽しいから頑張る」「世界の平和を守るために頑張る」「実力をつけたいから頑張る」といったモチベーションがこれに当たります。

※4 外発的動機付けは、単純作業をする労働者にとっての最適な動機付け方法でした。例えば「石炭を掘ってトロッコに積む」「折り紙を100個作る」というような、答えや手法が決まっていて、あとはどれだけ早く、どれだけ多くこなせるかが課題となる仕事は、インセンティブによるやる気が労働者の成果を高めます。

しかし、現代社会における仕事には、単純作業はもっぱら機械にまかせ、クリエイティブとイノベーションのために想像力を働かせることが仕事となっています。このような仕事では、インセンティブのような動機付けはあまり有効ではありません。有効でないどころか、むしろ多くのデメリットを発生させます。

詳細はこちらへ「モチベーション3.0とは?ダニエル・ピンクが見つけたやる気の引き出し方

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