ストレスという言葉は古くからありますが、1936年オーストリアの生理学者ハンス・セリエ(1907~1982)がストレス学説を発表したことによって医学の世界でも使われるようになりました。
ストレスは以下のように定義されています。
「外部からの様々な刺激が負担となり、心身に機能変化を生じること」(岡庭, 2015)
集中力の低下、不安感、イライラといった心理面の症状、頭痛や肩こり、不眠といった身体面の症状などが心身の機能変化として現れます。 厚生労働省の労働者健康状況調査によると、仕事や職業生活でストレスを感じている労働者の割合は、近年以下の図のように推移しています。
図1:強いストレスとなっていると感じる事柄がある労働者割合の推移(労働者計=100%)
今や働く人の約6割は、本人にとって強いストレスを感じながら仕事をしている状況だと言えます。
それでは、ストレスにはどんな原因があるのかを見ていきましょう。
ストレスの原因になる要因をストレッサーと言い、以下の3つに分類することができます。
暑さや寒さ、周囲の騒音や人混み、悪臭などの環境変化が含まれます。
細菌やウィルスへの感染、カビ、花粉、妊娠などが含まれます。
上司や同僚、家族、友達など身の回りの人々との人間関係、家庭環境、景気や政治など社会情勢の変化が含まれます。また、悩み、不安、焦り、緊張、怒り、憎しみ、寂しさといった感情の変化が含まれます。
会社で特に注意が必要なものは、社会的ストレッサーに挙げられている人間関係や精神的な緊張状態です。
セリエによると、ストレッサーに対する生体の反応は3期に分けられます。私たちがストレスを受けると心身にどのような変化が起きるのか、順を追って見ていきましょう。
図2:セリエのストレス反応モデル
まず一番最初の反応は、警告反応です。ここではストレッサーにさらされて当惑しつつも積極的に抵抗を始める時期であり、2つの相に分かれます。 ショック相はまだストレスによるショックに適応できていない段階であり、個人差がありますが数分~1日程度続きます。ここでは抵抗力が弱まり、その人特有の反応が現れます。例えば、いつも何かあるたびに口角炎(口の両端に炎症が起きて亀裂が入る病気)に悩まされている人はいないでしょうか?「ああ、自分は今ストレスで抵抗力・免疫力が下がっているんだな」と気づくサインにもなります。 その後、ショックに対する防衛反応が現れるのが反ショック相です。ここでは必要なホルモンが分泌され、ストレスへの適応が始まり抵抗力が回復していきます。
次は抵抗期に入ります。抵抗力が十分に強まり、ストレッサーとバランスが取れている時期です。この時期にストレッサーに対して適切な対処行動を取ることができれば、無事回復・さらなる成長へと向かいます。ここで注意しなければならないのは、楽々とバランスを取っているわけではなく、今与えられているストレッサーに対して身体が全抵抗力を傾けてエネルギーを燃やしている状態だということです。つまり、他のストレッサーが重なってやってくるとエネルギーを消耗してしまい、途端に疲憊期に移行する可能性があります。
最後に疲憊期では、エネルギーの限界によってストレッサーと抵抗力のバランスが崩れ、再びショック相に似た兆候を示すことになります。ここまで来てしまうと、回復のためのエネルギーが残されていないため、抵抗力がどんどん低下していき、様々なストレス関連疾患やメンタルヘルスの不調として現れてきます。
ここまでストレスにはどのような原因があるのか、私たちはどのようにストレスに反応しているのかをご紹介しました。
続いてストレスの受けやすさに注目してみると、同じストレッサーであっても全く影響を受けない人もいれば、大きく影響を受けてしまう人もいますよね。どんな違いがあるのでしょうか?
特にストレスを受けやすいとされる性格には、4つの代表的なものがあります。
何事にも真面目で、負けず嫌いなタイプ。完璧を目指し、いつも忙しくしていないと物足りない。寛容さがなく、短気で怒りっぽい一面もある。
自分でも本当の気持ちに気付かないまま、色々なことを引き受けてしまうタイプ。感情が表に出づらい。仕事熱心で周囲からの信頼も厚いが、無理がたたって身体の不調という形で出てきやすい。
責任感が強く仕事もそつなくこなし、人付き合いでは絶えず気を配るタイプ。世話好きで、自分よりも周囲や会社のことなどを優先しがち。慣れ親しんだ環境が変わったり、尽くしてきた人がいなくなったりすると、喪失感に襲われやすい。
細かなことをクヨクヨと考えてしまうタイプ。人一倍こだわりが強く理想が高いため、自分ができていないことに注意が向きやすい。自分自身の問題にとらわれすぎて苦悩が深まり、悪循環にはまりやすい。
(参考:京都府精神保健福祉総合センター, 心の健康のためのサービスガイド)
ストレスを受けやすいとされる状況は以下のようなものがあります。何か急激な変化があったということがポイントとなります。
- 近親者やペットの死によって喪失感が強まっている時。
- 転居や転勤をしたばかりで周りに慣れていない時。
- 昇格をしたばかりで張り切っている時。
- 急激に業務量が増えた時。
ストレスを受けやすいとされる環境は以下のようなものがあります。何か心理的または身体的に脅かされていることがポイントになります。
- 自分の存在や仕事の成果を認めてもらえない環境。
- 周囲からの協力やサポートを得にくい環境。
- 休暇や休憩を取りづらい環境。
ストレスを受けやすいことは必ずしも悪いことではなく、人の成長や進化を促すこともあります。問題となるのは、ストレスによって心身とともに疲弊して高いパフォーマンスが発揮できなくなる場合です。
それでは、ストレスによってパフォーマンスを下げることなく、ストレスとうまく付き合っていくためにはどのような対処方法があるのでしょうか?
コーピングとは、以下のように定義されています。ストレスに対する対処行動や方法とも言うことができます。
「人がストレス状況に直面した時に意識的に脅威を緩和したり、軽減したり、あるいは除去しようとすること」(岡庭, 2015)
コーピングには、以下の5つの種類があります。人によってどのコーピングを取りやすいかは分かれますので、自分は普段どのコーピングを取っていることが多いかぜひ思い出してみてください。
①情動焦点型コーピング
自分自身の感情に焦点をあてたコーピングです。特に解決方法がない場合に怒りや不満、悲しみなどの感情を表出する感情発散型と、誰にも話さずに心の中に抑圧する感情抑圧型があります。
②問題解決型コーピング
問題解決に焦点をあてたコーピングです。問題の所在の明確化、情報収集を行い、解決策を考案・実行します。自分自身を変化させることで積極的にストレッサーとなっている問題そのものの解決を目指す特徴があります。
③認知的再評価型コーピング
問題の認知の仕方に焦点をあてたコーピングです。ストレスの原因に対して見方や発想を変えたり、距離を置いてみたりすることでアプローチ方法を工夫する特徴があります。ポジティブシンキングとも言われます。
④社会的支援検索型コーピング
周囲からの支援に焦点をあてたコーピングです。周囲にアドバイスを求めたり、信頼できる人に悩みを話したりすることで気持ちが楽になり、心理的安定を得られるようになる特徴があります。
⑤気晴らし型コーピング
リフレッシュに焦点をあてたコーピングです。運動や趣味など好きな事をすることによって気分転換を図ろうとする特徴があります。
ストレス反応における抵抗期では楽々とバランスを取っているわけではなく、ストレッサーに対して身体が全抵抗力を傾けてエネルギーを燃やしている状態だと説明しました。そのままエネルギーを燃やし続ければ、心身が疲労して疲憊期に移行してしまいます。したがって抵抗期において効果的にこれらのコーピングを行うことによってストレスを緩和することができれば、エネルギーの消耗をせずに済むため疲憊期への移行およびパフォーマンスへの悪影響を未然に防ぐことができます。
ストレスに対処する方法として、コーピングにはどのような行動があるのかをご紹介してきました。ここからは企業においても、社員のコーピング促進のためにできるサポートについて解説いたします。
コーピングには5種類のタイプがありました。まず知っておいていただきたいこととして、少なくとも会社内におけるコーピングとして情動焦点型はあまりおススメしません。なぜなら問題を解決できない時に取ってしまう行動が多いからです。例えば感情発散型では怒りや不満、悲しみなどを普段から周囲の人にぶつけすぎると、社内の人間関係やコミュニケーションの悪化に繋がる可能性があります。一方で感情抑制型では常に自分の中に溜め込む癖がついてしまい、さらにストレスを悪化させてしまうことがあります。
いずれにしても問題解決型のようにそもそもの問題を解決することは必要になりますが、他にできることはないのでしょうか?
これは社員が自分でストレスをコントロールするスキルを向上させるための取り組みです。研修のポイントとして、以下のような内容を含みます。
- ストレスとは何なのか?
- 自分のストレスに気づく方法とは?
- ストレスコーピングと実践方法とは?
これらの知識を持っておくことで、コーピングを自ら習慣的に行うことができるようになります。
これは社員がストレスを解消しやすい職場環境へと改善する取り組みです。
①Rest(レスト)
これは「働くこと」と「休むこと」のメリハリをつけるということです。社員同士、お互いに休日や有休をしっかり取ることができるよう調整することが大切です。また、勤務時間中も適宜ストレッチをしたり栄養補給をしたりと、疲労が蓄積する前に意識して短い休憩を取ることも効果があります。このように、一旦ストレスから距離を置くことで新たな視点や発想を広げる認知的再評価型のコーピングを実践することができます。
②Recreation(レクリエーション)
これは社内にレクリエーションの機会を設けるということです。例えば社内サークルや部活動の設置は近年、ベンチャー企業を中心に増加しています。社会人になるとなかなか好きな趣味やスポーツをできなくなった人も多くいますので、喜ばれる確率が高いです。また、社員同士の交流が深まり人間関係が良くなるといったメリットもあります。これらのレクリエーションによって気晴らし型のコーピングを実践することができます。
③Relax(リラックス)
これは社内がリラックスできる環境になっているか見直していただくものです。心地よい香りや音楽は副交感神経に働きかけてリラックス効果が得られることが明らかになっています。例えば、アロマディフューザーを置いたり、ヒーリングミュージックをかけたり、観葉植物を育てたりするのもおススメです。「そんなことに構っていられない」と言わずに、些細な部分にもこだわって素敵な職場にしてください。 社員がリラックスできるということは、訪れたお客様もリラックスできるということを意味しますので、「また来たい」と思っていただけるメリットがあります。これらのリラックス効果を取り入れることによって、気晴らし型のコーピングを実践することができます。
2015年からストレスチェックが義務付けられるようになり、相談窓口を設置する企業も増えてきました。相談窓口で誰かに悩みを話すことによって気持ちに整理がついたり、話しているうちに自分で解決の方向性に気づくこともあります。これは社会支援検索型、認知的再評価型のコーピングにあたります。 上司や同僚に直接相談できればよいのですが、難しい場合もあるかと思いますので、社内に相談窓口を設置することをおススメします。担当は専門家でなくても構いません。特にアドバイスがもらえなかったとしても、「うん、うん」と聞いてもらえるだけで気持ちが楽になる方は多くいます。 専門家のアドバイスが必要な場合には、市区町村や公的機関でも無料の相談窓口を設けており、医師や保健師が面談を行っていますので紹介してあげてください。さらに心身の異常が続くようであれば、早期に病院やクリニックの受診が必要となります。 このように社員のストレス反応の程度によってその後の対応は臨機応変に行う必要がありますが、まずは一人で抱え込まない職場環境を作ることが大切です。そしてこのような社内や公的な相談窓口を効果的に活用していただけるよう、全社員に十分周知しておくことも大切です。
今回の記事では社員のストレス対処をテーマに、5つのコーピングをご紹介しました。「情動焦点型」「問題解決型」「認知的再評価型」「社会支援検索型」「気晴らし型」。これらのコーピングは個人の努力だけではなく、社内で取り組むことができるものだと実感していただけたのではないかと思います。これらの知識を社員が正しく身につけていることは非常に重要ですので、ストレスマネジメント研修をご検討の際はぜひお気軽にご連絡ください。
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